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Hanna

Author:Hanna
2005年9月よりアメリカ在住
東京出身、和文化と猫とオペラが大好き!あと、ゴルフも…
(すみません。多彩な趣味の持ち主なのです。^_^;)

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音色を操る -Schubert Standchen (Serenade)-
毎日車の中で過ごす時間が多い私にとって、Bluetoothとituneの組み合わせは救世主と言えます。ituneの中の音楽の量がどんどんと増えていきます。
先日、気が付かないうちにランダムプレーになっていて再生されたのが、
ホロヴィッツの弾くシューベルトのセレナーデ。
これはリストによって元々歌曲であるセレナーデをピアノバージョンに翻訳されたものです。さすがホロヴィッツ。いやあ、忘れてましたこの曲の存在。何て良い曲なんだろう。運転しながら、すっかり聴き惚れてしまいました。
同じメロディーが形を変えながら繰り返されていくのですが、この曲の醍醐味は声部の弾き分けだと私は思います。最初は中声部だけで始まり、最後は3声になる。この3つの異なる声部を人間の声の様に弾き分けることができると、それはそれはもうピアノとは思えないような世界が広がります。
「音色を操る」
とにかくこれにつきます。何もしなくても、それぞれの声部を奏でる音域が違うので多少の差は出ますが、音色を自由自在に操れる悪魔のようなピアニストの手にかかると、そこには3人の歌手が見えてきます。

You Tubeで色々な人の演奏を見ていると、面白い。アメリカでユジワンと並んで人気の高いグルジアのセクシーピアニストのブニアティシヴィリ(難しい名前。。)、そしておなじみランラン。どちら様も音色に関してはホロヴィッツの足元にも及ばないと思いますが(この曲に関しては)、それぞれに目指すものがあって面白い。ランランの出だしの歌い方は本当にうまくてニヤッとしてしまうほどですが、この曲に関してはあまり音色の種類は感じられないような気も。。。ブニアティシヴィリは、きっとホロヴィッツ的なセレナーデを目指しているんだろうなあ。

どうやったらもっと音色を操れる???
永遠の課題です。。。


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Piano | 10:28:20 | Trackback(0) | Comments(0)
一音の中のクレッシェンド
先日のモーツアルトのピアノカルテットのレッスンの時のこと。
第2楽章の一小節目を弾いただけで早速止められました。そしてM氏はこう言いました。
「その1音目だけど、2音目に入るまでにクレッシェンドしてくれる?」
「・・・・・」
2音目に入るまでにクレッシェンドをするということは、最初の1音目の中でクレッシェンドをするということです。打楽器であるピアノは、一度打鍵したら音は衰退していきます。ペダルを使った場合、その衰退のスピードを遅らせることはできますが、少しずつ音が消えていつかは無くなるのは同じこと。これが弦楽器とピアノの大きな違いの一つです。弦楽器は弓で持続して弦に触れることによって、一つの音を弾きながら音を大きく膨らませることが出来ます。

その物理的に不可能な現象を「やってくれる?」と軽く言ったM氏。目を点にした私に
「君の言いたいことはもちろんわかるよ。でも僕の昔の先生にこう言われたんだ。」
そしてモスクワ時代の師匠、バシキーロフの話をしてくれたM氏。
ショパンの幻想即興曲の出だしのG。このGの中でクレッシェンドをするようにとバシキーロフに注意をされたのだそうです。

この「一音の中のクレッシェンド」については、バレンボイムがランランにマスタークラスをしている時のベートーベンのソナタの中で同じことを言っています。
「ランラン、君はその一音の中でクレッシェンドが出来ると言うことを信じなければいけないよ。」
その物理的に不可能と思える「一音の中のクレッシェンド」について、バレンボイムは自分がホロヴィッツにレッスンを受けた時の話を交えて、全ての音に自分の意志を伝えることで物理的には不可能なことを音楽的に可能にしていくことを語りました。

そのビデオをYoutubeで見た時にとても衝撃を受けた私ですが、それと全く同じことをM氏から言われました。M氏に後光が差しているように見えて、
「先生、バレンボイムみたいですね。」
と言った私に、ニヤッと笑ったM氏。
クレッシェンドできる!って信じただけで実際に一音の中でクレッシェンドが出来るわけではないと思いますが、その思いが頭の中にあるだけで音が変わってくる、または左手のパートにその思いが反映される。そういうことなんだろうと思います。

そういえば、以前どなたかのブログに、私が見たのと同じバレンボイムのビデオを見て、「そうバレンボイムが言ったのは、一音の中でクレッシェンドする方法を教えたくなかったから。企業秘密ということ。一音の中でデクレッシェンドできると言うことは、クレッシェンドだって可能。」と書いていらっしゃいました。その方も、具体的なことは書かれていなかったので、また企業秘密だと言うことでしょうか。そんなことを言うなら、出し惜しみしないで教えてくれたらよいのにと思ってしまった私です。私は企業秘密を知りませんので、頭の中でイメージする方法でやるしかないです。


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Piano | 21:13:41 | Trackback(0) | Comments(0)
ピアノに求められるもの
ここしばらくモーツアルトのピアノカルテットを練習していますが、ここ1週間ほどあまりに難しくてがっくりきてます。何がそんなに難しいのか?モーツアルト何て子供でも弾くじゃないか!と思いますが、私が思うモーツアルトの一番の難しさは

「ピアノのことだけを考えて作曲されていない」

ところだと思います。ピアノのためのパートも基本的に弦楽器をイメージして書かれているのです。これはピアノソナタでも同じこと。モーツアルトの頭の中には基本的に弦楽器が鳴り響いていて、それをピアノに置き換えているだけ。今回ピアノカルテットを練習していて、そのことを再認識しました。ピアノに求めているものが多様なのです。弦楽器の様にただ純粋にその楽器の奏者ではいられない。ピアノは、時には弦楽器になり、時には管楽器にもなる。必要があれば打楽器にだって・・・これはベートーベンのソナタも全く同じ。ソナタは基本的にストリングカルテットのイメージで書かれていて、それをピアノ一人でオーケストラするわけです。

これに対してショパンは違う。ショパンはピアノのために作曲をしています。だから弾きやすい(易しいという意味ではなく)。もちろんモーツアルトやベートーベンとは時代も違うけれど、時代だけの問題ではないと思います。ショパンの中に流れていたのは、ピアノと歌。だから歌うように弾くということがキーになります。ただ、モーツアルトやベートーベンの様に一人でオーケストラをやらなくても良い。純粋にピアニストでいられる。

モーツアルトのレッスンでM氏が弾いてくれた時の音のクオリティーがあまりにも私の音と違いすぎて久しぶりにどん底近くまで落ち込みましたが、ピアノのために書かれていない音楽だからこそ、生の音のクオリティー、そして一人オーケストラを演じるための音色の種類、弦とほぼ同じフレーズをピアノで弾かされるという現実、それらが奏者の実力をよりはっきりと浮き彫りにするのだと思います。ショパンの様に朦朧とさせてはごまかせない。

何だか弦楽器奏者がうらやましくなってきました。彼らの方が純粋でいられる気がします。

ピアノは、その都度「ピアノに求められているもの」を明確に理解していないとダメなんだと、今更思い知りました。弓で弾くような一つのボーイングから生まれるスラーなんて、ピアノでは出来ないのに。。。一度出した音は消えていくだけの楽器なのに。。。

キラキラとモーツアルトを弾くM氏を見ていて、本当に頭が下がりました。すごいピアニストです。そういえば、彼は一時モーツアルトにはまっていたと言っていました。ミケランジェリの弟子にレッスンをしてもらいにロンドンまで行っていたと。はああ。モーツアルト嫌になってきました。


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Piano | 22:03:46 | Trackback(0) | Comments(0)
Mozart Piano Quartet in g minor -モーツアルトピアノカルテット-
少し前にM氏から室内楽のピースをもらいました。
モーツアルトのピアノカルテットのgマイナー。

先週、2楽章と3楽章を初めてレッスンで見ていただいたのですが・・・
一度で、もうくじけそうになりました。
だからモーツアルトは嫌だったのだと・・・
子供の時のことを思い出しました。
モーツアルトのことなんて何もわかっていなかったし、全然弾けるわけもありませんでした。

たびたびキーになるフレーズとパッセージを弾いて見せてくれるM氏。
同じピアノが全く違う音を奏でます。その音の違いはショパンやベートーベンより更に大きく明らか。
彼の音はどこまでも澄んでいて丸くしなやかで、私の音は濁っていて、形が悪い。

どうすりゃいいんだ。。。
久しぶりにズドーンと落ち込みました。
だからモーツアルトは好きではなかったのです、昔から。
丸裸になってしまうから。

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Piano | 15:07:42 | Trackback(0) | Comments(0)
指で弾かない
ここしばらくレッスンのたびにM氏に言われるのが
「指で弾かない」
と言うこと。

指で弾かないで、どうやってピアノをひくんだい?
と感じるのが一般的だと思うですが、これは指を使わないという意味ではなく、指を主体にして弾かないというニュアンスです。つまり指には意思がなく、頭からの指令が身体を通じて指の先に至り、そこが鍵盤につながって音を出す。

こう言われると、どうやて弾いたら良いのかわからず、ただただピアノの前で固まってしまいます。だって、これまで指でしか弾いたことが無いから・・・一生懸命指を上げたり下げたりして、一音ずつはっきり音を出すことをとことん訓練されてきた人には、これは本当に難しい。頭でニュアンスは理解できても、実際にどうやって音を出せばよいのか、途方にくれます。

今日のレッスンの最後にM氏がぽつりと言いました。
「そろそろかな。この後、ドビュッシーをやろうか?音色で魅せる音楽をやってみようか。」

これを教わりたくてM氏に教えを乞うたのでした。
でも、すぐにはその話にはならなかった。そしてやっとその時が来た。でも今はそのむずかしさが前よりももっとわかっているから、尻込みをしてしまいそうになります。

「身体の重みを鍵盤に伝えるんだ。その重さでどこまでも深く鍵盤が沈み込んでいくように。そうしないと、深い暗い音は出せない。最終的には指には全く意思はなく、頭からの指令を伝えるだけになる。」

あああ、ここは踏み込んで良い世界なのでしょうか?

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Piano | 22:16:58 | Trackback(0) | Comments(0)
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