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Hanna

Author:Hanna
2005年9月よりアメリカ在住
東京出身、和文化と猫とオペラが大好き!あと、ゴルフも…
(すみません。多彩な趣味の持ち主なのです。^_^;)

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急がば回れ
時間が足りない!!と嘆きながらも、今私がやらなくてはならないことは

急がば回れの超スロープラクティス

一つの音を3秒~5秒かけてゆっくり弾く中で、極限の脱力とそこから生まれる響きを身体に覚えさせていく途方に暮れるような練習方法です。一つの音に3秒かけると、100個の音を練習するのに300秒、つまり5分。ショパンのエチュードの様に音数の多い曲の場合、100個なんてあっという間です。たったの8小節ぐらいを10分以上かけて練習していくことになります。曲全体が150小節ぐらいの場合、このスロープラクティスで全部を弾ききろうとすると数時間はかかります。

けれども、この練習をすると、翌日には全く別人のように盤石に弾ける自分がいることに気がつきます。そういうことなんです。ただただ曲全体を通して2時間弾いても、この亀さんの歩みのような練習方法から生まれる進歩には遠く及びません。

そうわかっていても、この練習を信じて続けるには忍耐がいります。ピアノを練習している間、信じられないぐらいたくさんの誘惑に襲われます。通して弾く方が楽しいし、気持ちも良い。でも、翌日以降の気持ちよさを考えた時に、それでは全然だめなのだ!ってわかっていても、本当につらい練習です。

ここ2週間ぐらい、N先生に会うたびに「急がば回れですよね?」って答えはわかっているのに確認してしまう自分がいます。ここが正念場です。

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Piano | 21:39:28 | Trackback(0) | Comments(0)
時間が足りない
このところピアノを弾いていて切に感じるのが「時間が足りない」ということ。弾きたい曲はいくらでもあるのに、一つの曲を仕上げるのに時間がかかりすぎて、なかなか次の曲に進めない。レパートリーが思うように増えない。

普通に音楽を志す人たちがレパートリーを一番多く増やす時期に私はピアノをやめてしまったので、元来レパートリーが少ないのです。そこにもってきて、二十数年のブランクを経て、譜読みは遅くなり、暗譜がなかなかできなくなり、その結果一つの曲が仕上がるのに若いころの何倍もの時間がかかってしまうようになりました。昔は、あまり何も考えていなくても、あっという間に譜読みが出来て、曲が弾けるようになるころには暗譜もできていました。それが今は、必死で暗譜をしようとしても暗譜が出来ないのです。

これではレパートリーは一向に増えません。とにかく時間が足りません。
限られた時間の中でやりくりするには、頭を使って練習しなくてはいけないと気が付いてきたこの頃。いかに効率良く一つの曲を仕上げるか?実は色々なトリックがあるのだということもちょっとわかってきました。

あああ、20年前にこれに気が付いていたらなあ。。。

Piano | 22:09:49 | Trackback(0) | Comments(0)
N先生と出会って・・・
私が20年以上ぶりにピアノを再開したのは、2012年の春のことでした。それから2年と半年余りが経過しましたが、2年の間に私はピアノと言う魔物にすっかり憑りつかれてしまいました。ピアノをやめてから、まさかこんな日が訪れるとは思ったこともありませんでした。

最近、楽譜を読むのが楽しくて仕方のない私です。それは楽譜が立体的に見えるようになってきたからだと思います。そんな風に楽譜を立体的に見たことなどこれまでにはありませんでした。楽譜が立体的に見えると言うことは、音楽も立体的に見えるようになったと言うこと。音楽の層が幾重にも分かれて、そしてその層ごとに音色が変わる。そんなこと考えて弾いたことはありませんでした。

「その弾き方ではロマン派以降は弾けませんよ」と言われた最初のレッスン。あれから2年が経過し、なぜあの時そう言われたのか納得がいくようになりました。
自分でも変わったなあと思います。音も、弾き方も、音楽への姿勢も、考え方も・・・そして、もっともっと変わりたいし、まだまだ変われるはずだと思うこの頃。

N先生と出会わなければ、こうやってもう一度ピアノを弾くことはなかった。自分の中では完全に終わったと思っていたピアノ。実は20年たってもまだ下火がくすぶっていたのでした。それに気づかせてくれたN先生に感謝です。あのような人が、私の手の届く場所にいたこと。ラッキー以外の何物でもありません。



テーマ:アメリカコネチカット生活 - ジャンル:海外情報

Piano | 21:36:37 | Trackback(0) | Comments(0)
悪魔の血の一滴
穏やかならぬ今日のタイトルの話題も、やはりピアノのこと。

この夏は、本当にピアノを弾きたい気持ちを抱えながらも、なかなかピアノと向かい合うチャンスのない3か月でした。日本の実家にあるピアノは、3歳の時から私と苦楽を共にした楽器です。鍵盤の横の木の部分にできた茶色のシミは、練習中に出た鼻血の跡だったり、私が17歳までの人生で一番長い時間を過ごした場所でもあります。17歳でピアノと決別してからは、ほとんど弾いてあげることのなかったピアノでも、弾き始めればすぐにお互いを認知するというか、指が馴染むというか、さすがはバディーだなあと思いました。

思うように練習が出来ない日本でできることと言えば、片っ端から日本語の本を読むこと。アメリカではなかなかできないこれまた大きな楽しみであります。今回の滞在中に文庫を20冊ほど読みましたが、その中でもピアニストの中村紘子さんが書かれたものを数冊読みました。ピアノだけではなく文章も非常に上手い方でありますが、ここ1年ほどすっかりピアノに憑りつかれてしまった私の心に響く言葉がちりばめられていました。その中の一つが、今日のタイトルの”悪魔の血の一滴”でした。以降、彼女の文章をそのまま引用します。

「芸術とは99パーセントのしんせいなるものへの奉仕、献身と、1パーセントの悪魔の血の一滴の混じったもの」
「この悪魔の血の一滴をその精神に宿した音楽家に出会うことは今日の社会ではまことに少ない」

名言だなあと思いました。そしてその悪魔の一滴を持つピアニストとして、彼女はあのホロヴィッツの名前を挙げています。ホロヴィッツの演奏は、聴く人の心をざわざわと揺らします。至福の喜びを味あわせておいて、そこから一気に引きずりおろしたり、心をわしづかみにして振り回す、そういうピアノです。だから、何度でも聴きたくなってしまう。

ここ2週間ほどはまっているのが、ホロヴィッツの弾くラフマニノフのピアノソナタ2番の2楽章。激しい1楽章と3楽章にはさまれた束の間の夢のような、夢なのに心がぐらぐら揺れてしまうような、如何にもラフマニノフらしい映像の見える美しい楽章です。これがホロヴィッツの手にかかると、なんとまあ本当に夢のようで、どこで聴いても、いつ聴いても、誰と聴いても、構わず涙が溢れそうになってしまうのです。まさしく、「悪魔の血の一滴」による仕業だと納得せざるを得ません。

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Piano | 23:16:45 | Trackback(0) | Comments(0)

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