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Hanna

Author:Hanna
2005年9月よりアメリカ在住
東京出身、和文化と猫とオペラが大好き!あと、ゴルフも…
(すみません。多彩な趣味の持ち主なのです。^_^;)

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Will
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ここしばらくほぼ引きこもり状態でピアノを弾いていますが、とにかく感じるのが自分の意志の弱さ。
自分の意志が演奏に反映されない、されたとしてもすぐに途切れてしまう。音楽の中に意思が感じられない。

バレンボイムが自分の少年時代の思い出として、ホロヴィッツのレッスンを受け、その時にホロヴィッツが言った言葉を決して忘れられなかったと話しています。それは「どんな短いフレーズの中にも、たったの一音の中にも必ず意思が無ければいけない。」と言う言葉だそうです。がつーん、と頭を殴られたように感じるこの言葉。そしてそれを受けてバレンボイムが「たった一音にどれだけ集中して、どれだけ自分の意思を反映させようと出来るか!たった一つのクレッシェンドにどれだけの意思を持たせることが出来るか!」と話したことが本当に心に突き刺さりました。

もちろん私はただのアマチュアですから、そこまで求める必要があるのか?自分が気持ち良く弾ければそれで良いのではないか?と思うときもたまにありますが、やっぱりそれではだめなのだと思う今日この頃。。。

ここしばらく繰り返し聴いているホロヴィッツのスカルラッティのD Major。その演奏の中には、信じられないほどのPのバリエーションがあるのです。これ以上まだ音を小さくできるのか?と思ってしまうほど、どこまでもどこまでも音は小さくなっていくのです。そして音が小さくなればなるほど、音は輝きを増して、より強い意志を持って空気中に飛んでいくのです。このスカルラッティを聴いた時に、バレンボイムの話が思い出されました。

そういうことなんです。
たったの1小節さえもピアノを保つことができない、クレッシェンドは得意なのに、デクレッシェンドは苦手、すぐに気持ちよくなりたくて音が大きくなってしまう。
それでは全然だめなんです。
私の意思はどこに?
また音楽が遠ざかっていきます。
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music | 09:48:41 | Trackback(0) | Comments(0)
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