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Hanna

Author:Hanna
2005年9月よりアメリカ在住
東京出身、和文化と猫とオペラが大好き!あと、ゴルフも…
(すみません。多彩な趣味の持ち主なのです。^_^;)

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曖昧さ -The Other Side, あちら側の話-
少し前にアメリカで封切られた子供向けの”COCO”という映画を見てきました。アメリカ(ディズニー)にしては珍しく、プリンセスでもなく、ヒーローでもなく、人工物でもない、メキシコのいわゆるお盆の風習がベースとなった”The Other Side”、”あの世”の話でした。ディーテールは別にしても、最後では不覚にも涙腺が緩んでしまうような、久しぶりにちょっとずきんとくる映画でした。

人工物で固められたアメリカという国に住んでいると、”The Other Side”の存在がほとんど感じられないと思うのです。スピリッチュアルという訳ではなく、どんな物事にも表と裏があるわけで、そういう意味での”あちら側”の存在。それは日本にいると自然にどこにでもあって、その存在を感じる瞬間が普通にあるのですが、ここアメリカにはない。

昨日のレッスンで、今度挑戦することになったベートーベンの最後のソナタの一曲、Op.110のことをM氏と話していて、その”あちら側”の話になりました。このOp.110という曲は、ベートーベンが限りなく”あちら側”に近づいた瞬間だと私は思っていたのですが、それを実感させてくれたのが、エミール・ギレリスの演奏でした。ギレリスの弾くOp.110はとにかく美しい。特にそのフーガは絶品。そのフーガを初めて聴いた時に私が感じたのは、
「ギレリスはあちら側への扉を開けてしまった。。。」
ということでした。聴いている私までもあちら側へ引き込まれてしまうような、危ないぐらいに神がかったフーガでした。

M氏がぽつんと
「なぜか最近アメリカ人の弾く音楽には心を動かされないんだよね。音楽が正しすぎるんだよ。」
と言ったのですが、それはまさに私の思うアメリカではあちら側の存在が感じられないと言うこと。言葉を替えれば、”曖昧さ”が無いと言うこと。グレーゾーンが無いと言うこと。

何でも黒白付けたがるアメリカ人。正しいか、間違っているかだけで、その中間はない。彼らの奏でる音楽もそういう傾向があるのかもしれないです。もちろんアメリカ人と言ってもどんなバックグラウンドを持つ人なのか、どんな先生に習ったのかによっても違ってくるのだろうと思いますが(特にNYでは超一流の亡命ロシア人音楽家に師事したアメリカ人音楽家が多いので)、身の回りにこの”曖昧さ”がない状態で育った人の心にはなかなか理解できない世界なのでは?と思ってしまいます。日本人のベースにある「おかし」とか「あはれ」の感覚。この曖昧なものを愛でる感覚、この感覚が聴衆に幻を見せるのでは?と思うこの頃です。

ギレリスの弾くベートーベン。ベートーベンらしくないという意見もありますが、私は彼の翻訳がとても好きです。でもOp.110のフーガは危ないです。幻どころか、どこか違うところへ行ってしまいそうです。

※エミール・ギレリス、Emil Gilels
Beethoven Piano Sonata NO.31 in A flat Major, Op.110もしかしたら私の持っている音源と違う演奏かもしれませんが、それでも十分に危ないです。。。


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テーマ:ピアノ - ジャンル:音楽

Piano | 11:25:31 | Trackback(0) | Comments(0)
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